今回は長野県上田市の北向観音(きたむき かんのん)について。
北向観音は市北部の別所温泉に鎮座する仏堂で、金剛山常楽寺(同地区にある天台宗寺院)によって管理されています。
創建は寺伝によると825年(天長二年)で、常楽寺とともに円仁によって開かれたとのこと。当初は長楽寺という寺院の伽藍でした。平安時代には平維茂による改修を受けましたが、源義仲(木曽義仲)の挙兵にともなう戦火で焼失しています。鎌倉初期には源頼朝により再建され、鎌倉中期には北条国時(塩田流)により再建されたとのこと。
1694年(元和七年)には長楽寺が廃寺となり、それ以降、常楽寺の管理下となっています。その後も何度か火災があったようで、1713年(正徳三年)の火災で主要な伽藍を焼失しました。
現在の境内伽藍は江戸中期以降に再建されたもので、境内は文字どおり北の方角を向いています。伽藍は善光寺本堂を模した北向観音堂のほか、山の斜面から突き出た懸け造りの瑠璃殿があります。また、善光寺と対になる霊場のひとつとされ、元善光寺(飯田市)と同様に「善光寺だけでは片参り」と言われています。
現地情報
所在地 | 〒386-1431長野県上田市別所温泉1656(地図) |
アクセス | 別所温泉駅から徒歩15分 上田菅平ICまたは坂城ICから車で30分 |
駐車場 | 40台程度(500円) |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
寺務所 | あり |
公式サイト | 北向観音・常楽寺 |
所要時間 | 20分程度 |
境内
参道と手水舎
境内は温泉街の一画にあります。
伽藍は北向き(厳密には北北西向き)で、境内の南に山があるため、あまり日当たりが良くありません。
階段を下って川床のような地形の仲見世を通り、ふたたび階段を上ると境内の中心部に到着します。
参道左手には手水舎。手前には百度石。
手水舎は切妻、銅板葺。
温泉街なので、この手水も温水が出ます。
手水舎は、主柱の前後に控柱が立ち、四脚門に近い構造。
破風板の拝みに懸魚が下がっています。
内部。
梁の上に台輪が通り、中備えは皿付きの平三斗が置かれています。
軒裏は一重まばら垂木。天井はなく、化粧屋根裏。
北向観音堂
境内の中心部には北向観音堂が鎮座しています。外観は、善光寺本堂(長野市)のミニチュアといった感じ。
一重、裳階付、撞木造、向拝1間 軒唐破風付、銅板葺。
1721年(享保六年)再建。1961年の改修で現在の「撞木造」の姿になりました。
本尊は千手観音。
建築様式は、入母屋の変種である撞木造(しゅもくづくり)というもので、善光寺本堂と同じ様式。前方は妻入、後方は平入で、棟がT字型になっています。
屋根は二重になっているように見えますが、下の屋根は裳階(もこし)という庇で、内部は一重の平屋です。これも善光寺本堂と同様の構造。
向拝は1間。虹梁中備えに彫刻がありますが、金網がかかっていて観察しづらいのが惜しいです。
向拝柱は糸面取り。面幅が非常に小さいです。
正面には唐獅子、側面には獏の木鼻がついています。
柱上の組物は出三斗。
向拝柱と母屋をつなぐ海老虹梁は、大きくカーブした形状。母屋側は、頭貫より一段低い位置に取り付いています。
向拝柱の上では、彫刻の入った手挟が軒裏を受けています。
向拝の軒唐破風の兎毛通には、鳳凰と思しき彫刻。
唐破風の棟に乗った鬼板の左右には、若葉状の意匠がついています。
裳階の下の母屋柱は円柱。頭貫に木鼻が付き、台輪がまわされています。
柱上の組物は出三斗と平三斗が使われています。
下層の背面。
柱間は、連子窓や舞良戸が使われています。
縁側は切目縁が4面にまわされ、欄干は擬宝珠付き。
上層の正面。扁額は「北向山」。
上層と下層とでは、組物や軒裏の構造が異なります。
下層では、持ち出しのない組物(出三斗と平三斗)が使われ、軒裏は二軒まばら垂木です。対して上層では、尾垂木二手先の組物が使われ、軒裏は二軒繁垂木となっています。
上層の詳細。
柱は円柱で、頭貫と台輪に禅宗様木鼻がついています。
組物は二手先で、尾垂木は先端が平たい和様のもの。側面(写真右)には、柱間にも組物が配されています(詰組)。
禅宗様の意匠が散見されますが、あくまでも和様がベースといった感じ。
正面および側面の破風。
破風板の拝みには、鰭付きの蕪懸魚。
妻飾りは、蟇股や妻虹梁などが見えます。
鐘楼と不動堂
手水舎のはす向かいには鐘楼。
入母屋、銅板葺。
柱は内転びがついた円柱。頭貫に木鼻が付き、柱上に台輪が通っています。
組物は和様の尾垂木二手先。柱間にも組物が配されています。桁下には軒支輪。
軒裏は平行の二軒繁垂木。
下層は下見板の袴腰。
観音堂向かって右手前には不動堂。
二重、宝形、桟瓦葺。
正面は3間。柱間は桟唐戸と連子窓。
柱は円柱で頭貫には拳鼻。
柱上は出三斗が使われています。
上層は2間。
柱間には格狭間の形状の窓が設けられています。
瑠璃殿(温泉薬師瑠璃殿)
境内の西側には、懸け造りの瑠璃殿(るりでん)が鎮座しています。斜面から突き出た床が木組みに支えられ、清水寺の舞台のような造り。
入母屋(妻入)、向拝1間 軒唐破風付、桟瓦葺。
当地の薬師構により、1809年(文化六年)に再建されたもの。
向拝は1間。扁額は判読できず。
唐破風の兎毛通には、雲の意匠の彫刻。
向拝柱は角柱。遠くて見づらいですが、側面に唐獅子、正面に象の木鼻がついています。
向拝柱の上では、籠彫りされた手挟が軒裏を受けています。
海老虹梁は、ゆるやかにカーブした形状。海老虹梁の母屋側は、頭貫の位置に取り付いています。
母屋柱は円柱。頭貫と台輪には禅宗様木鼻。
柱上の組物は出組。中備はないようです。
軒裏は平行の二軒繁垂木。
母屋は正面側面ともに3間。柱間は、引き戸と白壁。
縁側は切目縁が4面にまわされ、欄干は擬宝珠付き。斜面から突き出た建物のため、向拝部分にも縁側がまわっており、凸字型の平面になっています。
縁の下の木組み。
柱や梁、貫を組み合わせて床を受けています。腰組は二手先で、通し肘木も使われています。
その他の伽藍
境内の東側にも、さまざまな伽藍が点在しています。
こちらは愛染堂。南向き。
入母屋(妻入)、向拝1間 軒唐破風付、桟瓦葺。
向拝柱は几帳面取り。木鼻の彫刻は唐獅子。
組物は、出三斗を左右に並べた形状のもの。
虹梁中備えはありません。唐破風の下の妻虹梁には、小さな大瓶束が立てられています。
海老虹梁はゆるやかにカーブした形状。
手挟は板状のものが、左右に各2つ使われています。
母屋前面は桟唐戸。側面は縦板壁。
縁側は3面にまわされ、背面側は脇障子が立てられています。
柱は上端が絞られた円柱。頭貫には木鼻。
台輪の上の組物は出組。中備えは板蟇股。
愛染堂のとなりには札所観音堂。
切妻、銅板葺。
内部には仏像が並べられています。
札所観音堂のとなりには額堂。
入母屋、桟瓦葺。
内部には仁王像が安置されていました。
最後に、境内東端から見下ろした上田盆地。
訪問時は盆地に朝靄が立ちこめ、雲海のような状態になっていました。
以上、北向観音でした。
(訪問日2022/12/02)