今回は寺社の基礎知識として、屋根の分類について。
寺社の建築様式には、何通りかの分類法があります。
分類の方法としては、屋根による分類、意匠による分類、配置による分類、用途による分類、宗教宗派による分類などが挙げられます。
上記のうち、もっとも簡単かつ機械的に分類でき、基本となるのが屋根による分類です。当記事では、屋根による分類を解説していきます。
この分類法を覚えれば、案内板や解説文を読むだけで、寺社建築の大まかな姿をイメージできるようになるでしょう。
寺社建築の屋根を分類するとき、注目すべきは下記の3点です。
- 屋根の形式
- 平入か妻入か
- 屋根葺き
この3点を理解できれば、寺社(とくに寺院建築)の建築様式を分類できるようになります。
1.屋根の形式
寺社建築の屋根は、以下の4形式に大別できます。
- 切妻(きりづま)
- 寄棟(よせむね)
- 宝形(ほうぎょう)
- 入母屋(いりもや)
現代の住宅や国外の建築には、このほかにも半切妻、片流(かたながれ)、陸(ろく)、マンサードなどさまざまな形式があります。しかし日本の伝統的な寺社建築は、上に箇条書きした4形式がほぼすべてで、例外はきわめて稀です。
切妻(きりづま)
(※画像はWikipediaより引用)
(住吉大社 第四本宮本殿・第三本宮本殿、大阪市)
2つの面を山状に合わせた形状の屋根が、切妻です。
家のシンボルマークとして上向き矢印が使われますが、切妻はこれとよく似ています。シンプルかつポピュラーな形式で、古今東西さまざまな建築に幅広く採用されます。
(清白寺庫裏、山梨市)
切妻は寺院・神社どちらでも使われますが、使われる場面はそれぞれ微妙に異なります。
寺院の場合、切妻は本尊(主要な信仰対象)を祀る本堂では採用されず、人が居住する堂宇(庫裏など)で採用されます。
(大宝神社境内社 追来神社本殿、滋賀県栗東市)
対して神社の場合、神を祀る本殿にも切妻が採用されます。
神社本殿の大半は切妻の派生形で、多くは流造や春日造といった神社特有の建築様式に細分されます(別記事にて解説)。
寄棟(よせむね)
(※画像はWikipediaより引用)
(滝山寺本堂、愛知県岡崎市)
寄棟は4つの面を合わせた形状の屋根です。短辺側は三角形の面、長辺側は台形の面になります。切妻に次いでシンプルで、こちらも古今東西で使われます。
寄棟は寺院で採用され、神社建築(とくに本殿)では使われない形式です。
宝形(ほうぎょう)
(※画像はWikipediaより引用)
(光照寺薬師堂、山梨県甲斐市)
正方形の平面で寄棟を造ると、4面すべてが三角形になり、ピラミッドのような四角錐の屋根ができます。これを宝形(方形と表記することもある)といいます。
宝形には大棟(屋根の稜線の水平部)がありません。そのため寄棟とは別の形式として区別されます。
宝形は寄棟と同様に寺院で採用され、神社では使われません。
なお、多宝塔、三重塔、五重塔はたしかに宝形ですが、塔建築(三間五重塔など)として分類されます。また、法隆寺夢殿や興福寺北円堂・南円堂のような多角形の堂は円堂という分類で、宝形ではありません。
入母屋(いりもや)
(※画像はWikipediaより引用)
(御上神社本殿、滋賀県野洲市)
入母屋は、上部が切妻、下部が寄棟になった構造の屋根です。日本だけでなく、中国大陸でも見られる形式です。その複雑さから、格調高い屋根とされていました。寺社だけでなく住宅にも広く使われます。
入母屋は法隆寺金堂(日本最古の建築)ですでに採用されており、寺院のイメージがあるかと思います。しかし神社でも多く使われ、本殿の形式として切妻系(流造や春日造)と同じくらいにポピュラーです。
2.平入か妻入か
屋根には平入(ひらいり)と妻入(つまいり)の2パターンが存在します。見分けかたは単純です。
平入は、建物の正面に立ったとき、大棟が左右に伸び、屋根の広い面が見えます。
妻入は、建物の正面に立ったとき、大棟が前後に伸び、屋根が三角のシルエットに見えます。
大棟は屋根の稜線の水平部のことで、上の図の赤線の箇所です。
例外として、方形や円堂は棟がないため、平入・妻入の分類はできません。
また、東大寺法華堂(奈良市)や善光寺本堂(長野市)のように、平入の堂と妻入の堂が合体した構造のものが少数あり、これらも分類不能です。
3.屋根葺き(やねふき)
屋根は風雪にさらされるため、耐候性(耐水性や温度への耐性)の強い素材で造られます。屋根の素材は大まかに3種類(瓦、植物性素材、金属板)があります。
瓦による屋根葺き
本瓦葺(ほんがわらぶき)
(金剛寺食堂、大阪府河内長野市)
仏教伝来とともに日本へ伝わった工法。丸瓦と平瓦という2種類の瓦を組み合わせます。重厚な見た目のとおり、相当な重量があります。
おもに寺院建築で使われる屋根葺きですが、神社本殿に採用された例も少数ながら散見されます。
桟瓦葺(さんがわらぶき)
(名古屋東照宮本殿、名古屋市)
本瓦を簡略化し、計量かつ安価にしたもの。江戸時代に発明され、経済性と防火性に優れるため広く普及しました。現代の住宅でも多用されます。
小規模な寺社では、維持にかかる費用や手間を減らすため、本瓦を桟瓦に改めたり、茅葺の上に桟瓦を葺いたりする例が多々あります。
銅瓦葺(どうがわらぶき)
(滝山東照宮本殿、愛知県岡崎市)
金属材料で作られた瓦で屋根を葺いたもの。
登場した時期は不明。765年に西大寺(奈良市)で銅瓦が使われた記録があるようです。現存の建造物では、江戸初期の豪華な建築での採用例が目立ちます。
材料は銅が使われることがほとんどですが、瑞龍寺仏殿(富山県高岡市)の鉛瓦など、銅以外の金属が使われる場合もあります。
植物性素材による屋根葺き
桧皮葺(ひわだぶき)
(上:窪八幡神社摂社 若宮八幡神社拝殿、下:同じく本殿、山梨市)
ヒノキの樹皮を重ねて葺く、日本古来の伝統的な技法。寺院・神社どちらでも使われ、とくに神社建築ではもっとも格の高い屋根葺きとされます。
樹皮の柔軟性を活かし、柔軟な曲面を成形できる点が長所。
こけら葺(とち葺、木賊葺、さわら葺)
(妙成寺三光堂、石川県羽咋市)
木材の薄板を重ねて葺いたもの。こけら(杮)とは薄板のこと。
こちらは日本以外の地域でも見られる伝統技法です。桧皮葺ほどではないですが、柔軟な曲面を成形できます。
板の厚さや素材によって名称が変わり、とち葺、木賊(とくさ)葺、さわら葺などと呼ばれることもあります。
板葺(いたぶき)
(白山神社本殿と末社、京都府京田辺市)
木材の板を打ち付けて仕上げた屋根。耐候性はほぼありません。
長期保存する場合、雨の当たらない場所に置くことが前提となります。板葺の建築は、たいてい覆い屋の下にあり、必然的にあまり大規模にできません。
また、平らな板を使うため、曲線的な造形はほぼ不可能です。
上記のように問題や制約が多く、積極的に採用される屋根葺きではないでしょう。あまりポピュラーではありません。
茅葺(かやぶき)
(智識寺大御堂、長野県千曲市)
カヤ(茅)やススキ、稲の藁(わら)など、植物の細い茎を重ねて葺いた屋根。藁が使われる場合は、藁葺(わらぶき)とも言います。
反りの強い優美な形状の屋根には向きません。日本の古民家など、素朴な庶民の住宅建築のイメージが根強いです。
寺院建築での採用例が多く、瓦の凍害を避けるため茅葺を採用することがあります。対して、神社本殿での採用例は少ないです。
金属板による屋根葺き
銅板葺(どうばんぶき)
(盛蓮寺観音堂、茅葺型銅板葺、長野県大町市)
薄い銅板を重ねて葺いた屋根。葺いたばかりの銅板は金属光沢のある赤茶色ですが、経年によって錆びて緑青(ろくしょう)の色になります。
銅板は柔軟性があり、桧皮葺のような柔らかい曲面を成形できます。桧皮のかわりに銅板を使って葺いた屋根は「桧皮葺型銅板葺」と呼ばれます。
銅板葺が普及したのは江戸後期から明治期で、近現代に造られた神社の社殿はほとんどが銅板葺です。また、維持費の都合から、桧皮葺やこけら葺の上に銅板を葺くことがあります。
鉄板葺(てっぱんぶき)
亜鉛メッキ鋼板(トタン)やガルバリウム鋼板などで葺いた屋根。防錆のため表面を塗装することが多く、外観や色はさまざまです。
日本では20世紀初頭に普及したようで、現代でも住宅建築で多用されています。
歴史ある建造物での採用例はほぼありません。あるとしたら、維持費の都合で茅葺きなどの上に鉄板を葺いたケースです。
茅葺きのうえに鉄板を葺いたものは「茅葺型鉄板葺」とも呼ばれます。
屋根の形式から建築様式を分類してみる
屋根の形式、平入か妻入か、屋根葺き、の3点を理解できれば寺社建築の大まかな分類ができます。
ここまでの内容を踏まえて以下に簡単な例を挙げ、当記事のまとめといたします。
例1
(當麻寺講堂、奈良県葛城市)
建築様式は寄棟、平入、本瓦葺。または寄棟、本瓦葺。
寺社建築では平入が圧倒的に多く、平入・妻入を明記しない場合、平入としてあつかわれます。よって平入を省略して「寄棟、本瓦葺」としてもかまいません。
例2
(尾張大國霊神社拝殿、愛知県稲沢市)
建築様式は切妻、妻入、檜皮葺。
平入だった例1に対し、妻入の場合はそれを明記する必要があります。
例3
(魚沼神社阿弥陀堂、新潟県小千谷市)
建築様式は宝形、茅葺。
宝形には平入・妻入がないため、屋根の形式と屋根葺きだけを表記します。
以上、屋根の分類でした。