甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【富士河口湖町】冨士御室浅間神社(里宮、本宮)

今回は山梨県富士河口湖町の冨士御室浅間神社(ふじおむろ せんげん-)について。

 

冨士御室浅間神社(里宮)は河口湖の南岸に鎮座しています。

創建は699年、藤原義忠によって創建されたと伝えられ、富士山周辺で最古の神社とされます。現在の里宮の社殿は明治期の再建ですが、境内に移築されている本宮本殿は江戸初期のもので、国指定重要文化財となっています。

 

現地情報

所在地 〒401-0310山梨県南都留郡富士河口湖町勝山3951(地図)
アクセス 河口湖駅から徒歩30分
富士吉田ICから車で20分
駐車場 30台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり
公式サイト 武田信玄公祈願所 富士山最古の神社 冨士御室浅間神社
所要時間 20分程度

 

境内

参道と随神門

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冨士御室浅間神社の境内は南向き。富士山の方角を向いています。

社号標は「富士御室淺間神社」。

鳥居は銅板でカバーされた明神鳥居。扁額は「里宮社」。

 

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百メートルほど参道を進むと随神門があります。

随神門は三間一戸の八脚門、入母屋、銅板葺。

1889年の再建と思われます。

 

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柱はいずれも円柱。扁額は「浅間神社」。

中央の虹梁は立体的に若葉が彫られています。若葉は白い波と菊の花の意匠。

虹梁下部には波の持ち送り。その隣には唐獅子の木鼻。

内部は格天井。

 

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左右の柱間には太い虹梁が渡されています。こちらの若葉は黒い唐草が彫られています。木鼻は斜め方向に獏の彫刻がつけられています。

頭貫木鼻は象鼻。頭貫の上には台輪がまわされています。

柱上の組物は出三斗と平三斗。中備えはありません。

軒裏は二軒まばら垂木。

 

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破風板の拝みには鰭のついた蕪懸魚。

蕪懸魚と鬼板には桜の紋がついています。

 

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随神門の先、参道左手には由緒書きの石碑と手水舎。

手水舎は切妻、銅板葺。両部鳥居のような構造をしています。

 

拝殿(里宮社殿)

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拝殿は入母屋(平入)、向拝1間・入母屋(妻入)、銅板葺。

1889年(明治二十二年)の再建。

 

大棟には多数の千木が載せられ、その上に長い鰹木が通っているのが独特。また、破風の分厚い箕甲も印象的。

建築様式は広義の撞木造と言えますが、「入母屋(平入)の母屋に入母屋(妻入)の向拝をつけたもの」と言ったほうが正確かつ厳密だと思います。

 

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大棟は菱形で、棟の上には風穴で先端が割れた千木が載っています。

屋根葺きは、茅葺の上に銅板を葺いたもの(茅葺形銅板葺)と思われます。箕甲の曲面がみごと。

破風板の拝みには竜の彫刻が下がっています。

 

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向拝。棒状のしめ縄がかかっています。

向拝は母屋の軒を延長した形式ではなく、入母屋(妻入)の屋根を付加した形式。複雑な形式なので、軒裏の垂木がジグザクに入組んでいます。

向拝の軒裏は二軒繁垂木、母屋の軒裏は二軒まばら垂木。

 

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向拝柱は几帳面取りの角柱。木鼻は正面が唐獅子、側面が獏。

向拝柱と母屋は、まっすぐな梁でつながれています。

向拝内部は棹縁天井。

 

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虹梁の中備えには彫刻。

左半分は竜、右半分には松の木と人物像が彫られています。何かの故事を題材にしていると思われますが、詳細不明。

母屋の扁額は「淺間神社」。

 

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母屋柱は角柱。柱間は蔀戸。

頭貫木鼻は象鼻。柱上の組物は出三斗と平三斗。

 

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母屋の左側面(西面)。こちらも箕甲の曲面がみごと。

破風板の拝み懸魚は結綿のように見えますが、題材不明。

入母屋破風の内部は木連格子。

 

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拝殿の後方には幣殿(写真中央)と本殿覆い屋(左)がつながっています。

広義の権現造と言えるかもしれません。

幣殿は両下造、銅板葺。

 

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本殿覆い屋は流造に似た切妻、銅板葺。軒下には裳階のような庇がついています。

 

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妻壁は二重虹梁に笈形付き大瓶束。

破風板の拝みは鰭付きの蕪懸魚、桁隠しは雲の意匠。

 

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里宮本殿は覆い屋に収められているため観察できませんが、境内の看板を見てみると本殿らしきものが写り込んだ写真がありました。

屋根の造りがどうなっているかは判りませんが、まちがいなく一間社。扉の左右の羽目に彫刻があるあたり、比較的新しいもの(おそらく明治期の再建)でしょう。

 

本宮拝所

境内参道の左手(西側)には、拝殿と随神門のはす向かい(北向き)本宮本殿が鎮座しています。

本宮本殿はもともと富士山の2合目に造られたものですが、自然環境や交通の便の悪さから維持が困難になったため現在地へ移築されています。

私の推測になりますが、参道の脇に北向きに鎮座している理由は、向きを変えずに移築しようとした結果、適当な土地がほかになかったためでしょう。

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こちらは本宮本殿の前にある拝所(神門?)。

一間一戸の四脚門、切妻、銅板葺。

この門は国重文ではないようですが、全体的に古風な造りをしています。

 

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控柱は角面取り。C面の幅が広めにとられていて古風。

虹梁中備えは蟇股。木鼻は拳鼻。

 

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主柱は円柱。

主柱と控柱は長押で接続され、上部には男梁が渡されています。男梁の下部は、主柱に女梁が通っており、女梁の先端には繰型がついています。

妻飾りは古風な板蟇股。

 

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軒裏は二軒まばら垂木。

破風板の拝みと桁隠しには、猪目懸魚が下がっています。

 

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袖塀。

角柱の上に舟肘木が載り、桁を受けています。柱間には緑の連子窓。

 

本宮本殿

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拝所の奥には本宮本殿が鎮座しています。

桁行正面1間・背面2間・梁間1間、入母屋(平入)、向拝1間・軒唐破風付、銅板葺。

1612年(慶長十七年)再建。1973年に現在地へ移築。国指定重要文化財

祭神はコノハナノサクヤ。

 

案内板の解説は下記のとおり。

 現在の本殿は、慶長十七年(1612)時の領主鳥居土佐守成次公によって富士山二合目に造営されたもので、構造は一間社入母屋造り、屋根は(当時)檜皮葺き、正面は軒唐破風付向拝を設け、正側面三方には高欄付縁が回り、背部両脇に彫刻をはめ込んだ脇障子が立っている。柱上部破風棰木等金箔飾り金具を取り付け、内陣扉廻りに透彫彫刻をはめ込み、内部の彩色も当初のものをよく残した桃山時代の特色をもち、建立年時の確実な豪壮優雅な建造物である。

山梨県教育委員会
勝山村教育委員会

 

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向拝は軒唐破風付。軒下は向拝・母屋ともに桃山時代風な極彩色の彫刻で飾られています。

扁額は「北口御室本宮浅間大神」。

棟の鬼板には六角形の紋が見えます。

 

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向拝柱は黒色で、上下の端には飾り金具。角面取りで、C面が大きく取られています。

柱上の組物は連三斗。赤青緑に塗り分けられており、ここも安土桃山期の作風が色濃いです。

木鼻の彫刻は獏。頭の上には皿付きの緑の巻斗が載せられ、連三斗を持ち送りしています。

向拝柱と母屋は湾曲した海老虹梁でつながれています。ここは比較的新式な造り。

 

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唐破風の拝みの兎毛通もシンプルかつ古風な造形。

茨垂木も飾り金具がついており、凝っています。

唐破風の軒下は扁額の影で見づらいですが、大瓶束が棟を受けています。束の左右には鳳凰を題材とした極彩色の彫刻。

 

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母屋の正面には角材の階段が5段。昇高欄は擬宝珠付き。階段の下には浜床が張られています。

向拝柱の下部は、黒色(おそらく漆塗り)が経年劣化で剥げてしまっています。

 

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母屋柱は円柱。軸部は貫と長押で固定されています。

正面には金色の板戸。

頭貫木鼻は繰型がついたもの。海老虹梁の母屋側は、頭貫木鼻の上から伸びています。

 

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柱上の組物は極彩色の出組。柱間にも組物が配置され、詰組になっています。出組で持ち出された桁の下には軒支輪。

組物のあいだの蟇股は、極彩色の花や波が彫られています。

縁側は3面にまわされ、欄干は跳高欄。背面側は脇障子でふさがれています。脇障子の彫刻はこちら側は題材不明、反対側は松に鶴。

 

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縁側の床下は三手先の縁組で支えられています。

母屋柱の床下は八角柱になっています。

 

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背面。

こちらは中央にも柱があり、柱間2間。

軒下の意匠は正面および側面とほぼ同じ。

 

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破風板にも飾り金具がつけられています。拝みには蕪懸魚。

軒裏は二軒繁垂木。金具のついた黒い垂木が四方に伸び、格調高い趣の軒裏となっています。

 

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最後に左(東面)から見た全体図。

 

以上、冨士御室浅間神社でした。

(訪問日2020/12/18)