世をひねる

甲信地方(山梨県と長野県)の寺院・神社建築を語る雑記。

【塩尻市】永福寺 ~観音堂は名工・立川和四郎の未完の遺作~

今回は長野県のマイナー観光地ということで、永福寺(えいふくじ)について。

 

永福寺は、中山道の道沿いにある寺です。近くには塩の道・三州街道(塩尻から辰野に出て、伊那谷を経て愛知県豊田市岡崎市に至る)も通っており、永福寺は交通の要衝に建つ名刹と言えるでしょう。中山道国道20号線とほぼ並行していますが、永福寺は20号線から見て少し奥まった場所にある上、案内板もないので、あまり目立たない存在になってしまっています。

私自身、国道20号線塩尻峠はよく通るのですが、永福寺の存在を知ったのはつい最近でした。

 永福寺へのアクセスは、みどり湖駅が最寄りで徒歩10分程度。バスなら金井口バス停か小坂田公園口が最寄りです。

車で行く場合は、境内に参拝社用の無料駐車場が5台分程度あるので、これを利用するといいでしょう。

 

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境内の入口。立派な仁王門(楼門)と枝垂れ桜が見え、この時点で名刹の雰囲気が漂っています。

 

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仁王門(楼門)。彫刻は少なめでシンプルな印象ですが、放射状に伸びた垂木が格好良いです。

 

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仁王の阿形(あぎょう)。

手の造形に丸みがあって、ちょっと仁王に似つかわしくないような...?

 

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仁王の吽形(うんぎょう)。

こちらは阿行よりもバランスのとれた造りをしているように見えます。

 

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本堂と鐘突き堂。本堂の額には山号「慈眼山」とあります。

読みは、“じげんさん”でしょうか。仏教の用語では「眼」を“げん”と読むことが多々あります。開眼(かいげん)とか、仏眼(ぶつげん)とか。

 

本堂と観音堂の間には、ご住職の住居があり、踏み入ってはいけなさそうな感じがしたので迂回して観音堂へ移動しました。

途中、小綺麗な池と木橋がありましたが、こちらもご住職の家の敷地っぽい感じだったので撮影は自重。

 

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観音堂の前には、四国八十八カ所のお砂踏みがあります。

おそらく石像の前に置かれている石には各札所の砂が入っており、その上に立って真言を唱えていけば実際にお遍路をした場合に相当する功徳が得られる、というものです。お遍路は全て回ると最短でも1090kmと言われますが、ここのお砂踏みならせいぜい100m弱の短距離で八十八カ所を巡れてしまうのです! 本家の1万分の1、わずか0.01%の労力で済みます!

ちなみに、私はこのお砂踏みさえ大儀に思う人間なので、お遍路なんて到底無理でしょう。

 

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そして表題の観音堂。本尊は馬頭観音とのこと。屋根は妻入りで、春日造りっぽい構造をした茅葺きです。

木曾義仲は多数の寺院に馬頭観音を納めたと伝えられ、木曾義仲の異名・朝日将軍(旭将軍とも)にちなんで「旭観音堂」と呼ばれていたようです。しかし、旭観音堂は消失してしまい、現存しません。

この観音堂は幕末から明治にかけて建てられたもので、幕府お抱えの宮大工である二代目・立川和四郎(たてかわわしろう)が中心になって建設を手掛けました。立川和四郎は諏訪大社上社本宮や諏訪大社下社秋宮の社殿なども手掛けた名工です。

 

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外陣に安置されていたびんずる像。全身真っ赤で、目つきが怖く、撫でてみようとは思えないです...

 

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外陣にあった絵馬。騎乗している武者は、木曾義仲でしょうか。

 

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観音堂の周囲を回ってみると、正面側には精緻な彫刻が設置されていますが、側面は彫刻がほぼ無くシンプルでした。

手抜きというわけではなく、本当は側面にも彫刻を配する計画だったようですが、立川和四郎が仕事中の事故で亡くなってしまったために未完のまま残されています。

未完成でもこの観音堂は充分に立派な建物だと思うのですが、立川和四郎がもう少し長生きしていれば、と惜しまずには居られません。

 

以上、永福寺でした。

(訪問日2019/03/09)